こんにちわ、悦子です。最近はありちゃんの学校の授業参観や次女の習い事、また私の就職活動などもあり結構バタバタしておりました。そして、先週末はずーっと先延ばしにしておりました
祖母の家の遺品整理
に行ってまいりました。実は祖母は98歳の大往生で亡くなったのですが、色々家具やら食器など残していきましてそれを親族みんなで分けなければ行けないのですが、その管理をしている叔父としては一番広い家に住んでいる私の家に出来るだけ引き取ってもらいたいみたいです。祖母は二子玉川の平屋に住んでいたのですが、今時そんな家は都心ではなく近代的な家に挟まれて、祖母の家は一件だけ孤立しているように立ってます。そしてこちらが祖母の家ですが、
祖父母は海外に駐在していたので、海外で仕入れた家具が家の中にたくさんあるので、どことなく海外にいるみたいなそんな感じのお家です。
こちらは和室の飾り棚とテーブルどちらも黒檀で出来たかなり良いものだそうです。そしてこちらは桐ダンスと姿見
そしてこちらが鏡台なのですが、大きすぎてうちには入らなそう
その他祖母が買って来たけど一度も使わなかった食器類、飾り用のプレートなどたくさんありました。
結局私たちは、桐ダンスと鏡を頂くことになったのですが、その他遺品を見ていたら昔の祖母の写真なども出て来てそんなのは見たことがなかったので、それを見ていたら、母の小さかった頃の写真も見つけました。その写真の中には私の祖母はもちろんたくさんの親族が写っていました。そしてその親族の中にお行儀よく座っている母の面影がある女の子を発見しました。その姿を見た時は私、思わず泣きそうになってしまいました。そっかー母にも子供時代があったんだなあと。母は小さい頃こんな風な子供だったんだなあと。でもそんな話ももう母とは出来ないんだなあと。本当時の流れは残酷です。実は私の母はもう4年前になくなったのですが、 亡くなってから2−3年は私も自分の日常生活が忙しくまたいつかすぐに会えそうな気がしてそんなに寂しくなかったのですが、3年も過ぎて来るとだんだんそうではないことが分かってきて何もない暇な時間ができると、つい感傷的になり泣いてしまったりしています。私の実家の近くの近所の人でやはり息子さんを10年前にご病気で亡くされた方も同じことをおっしゃっていて亡くなって5年以上過ぎたところからものすごい喪失感を味わうようになったそうです。先日も母の姉である叔母と話していた時も同じことを言ってました。叔母も、いつもなんてことのない世間話をしょっちゅうしていた母が亡くなって喋る人がいなくなって寂しいらしく、精神的にかなり参ってるようでした。私も祖父母が亡くなった時はそんなにショックを受けなかったのにこうして自分の身近な母がなくなると、自分の命の有限性に気付かされます。私もいつまで生きられるか分からないということを身に染みて感じます。しかしこの喪失感はどうすればいいんだろうか?
ちなみにこちらは祖母の家の庭です。とても素敵な日本庭園ですがお手入れが大変なんだそう。
海外生活かれこれ14年これまでフィリピン、中国、シンガポールに在住していました。2016年8月よりカナダオンタリオ州オタワに在住。2018年に日本帰国。現在は主にモワットウィルソン症候群に関してや障害児情報、発達障害、レストランや美容情報を発信中
コメント